笑って元気に

笑って元気に

笑いには人を健康にする作用があるのは有名ですよね。たとえば、がんで苦しむ人たちに落語を聞かせたら症状の進行がゆるやかになった、とか色々と結果も出ています。ナチュラルキラー細胞という免疫細胞があるんですが、このナチュラルキラー細胞が笑うことによって活性化するらしいんですね。笑うくらいでよいのならがんがん笑ってどんどん健康になりたいものです。

私はわりと気分の落ち込みの激しいほうなので、落ち込むような事態が起こると最近では意識的に笑うようにしています。友人に電話をするのもいいんですけど、向こうも落ち込んでいたりイライラしていると二人で傷つけあうこともありますからあまりよくありません。ですので、私は手っ取り早く笑えるテレビ番組を見ることもよくあります。

ただ面倒くさいことに笑いの沸点の高い方なので笑えるネタと笑えないネタの差があるんですね。ですので、薬として笑いを必要としている時にお笑い番組だと出ている面子によってはかえってイライラや落ち込み(こんなんで日本の笑いは大丈夫なのか?みたいなおせっかいな悲しみがないとも限りません)が激しくならないとも限りません。難しいものです。

そんな私が全幅の信頼を寄せているのがカナダのドッキリ番組「Just For Laughs」。会話はほとんどなくて、見ているだけで内容がわかるものが多いです。一つのドッキリで一分ちょっとという短さの魅力。日本のドッキリは芸能人ばかりをターゲットにしていますけれども、この番組は一般の人たちをターゲットにしているのが面白いです。また、日本だとアウトなのですが、よく仕掛け人が警察官のふりをしています。どっきり自体は大がかりなものから「こんなの小学生のいたずらレベルだろう」というようなくだらないものまで幅広いのですが、編集がうまいのか後味が悪い物は一つとしてありません。よく、飛行機の機内エンターテインメントにも入っています。機内番組の字幕はその航空会社の国の言葉と英語とスペイン語はよくありますけど、中には言葉のわからない人もいます。日本の航空会社を利用する、日本語も英語もできない人なんかには、映像だけで笑えるこの番組は便利なのでしょう。笑って手軽に元気になりたい人に、「Just For Laughs」、おすすめです。

お見合いパーティー

平凡なわたし

子供の頃から、なんていうか存在感の薄い子供だったみたいです、私。

私は覚えていないのですが、母が言うには小学校の遠足のとき、ひとりどこか迷子になったらしいのにしばらく先生も気づかなかったというんですよね。記念写真の撮影をするというので人数を確認して並ばせようとしたときに「あれ、ひとり足りない」という話になり、それでもなかなか、私の名前が出てこなかった、と。

母は笑い話のひとつのつもりで口にしたみたいですが、私にはけっこうショックな思い出話でした。

でも言われるまでもなく、私はこれといった特徴がないんですよね。服装とかもごく平凡だし、顔立ちも残念ながら美人ではないし、といって何か個性的な顔立ちでもなければ何か目立つものもない……。

性格もおとなしいほうだけど、かといって集団の輪の中に入れないというわけでもない。

学生時代から「いるのかいないのかよくわからない」と言われながら、でもちゃんと何か集まりあると声はかけてもらってて、自分でもなんていうか「すごーくふつうなんだな」って思ってました。いっそ、もっとすごく無口とか、まったく人と交わらないぐらいだったら、それはそれで人の記憶に残るものでしょう。

特徴がないとか、特技がないとか、個性がないとか、とにかくどこにいても「埋没」してしまうっていうのも、意外と本人は気にしているんですよ。

だからって髪の毛赤くするとか、突飛な格好をするとか、そういうこともできないんですけどね。

ところが社会人になってしばらくしたときに会社の上司が何かの折にみんなに言っていたのが聞こえたんですね。

「普通って一番いいんだよ。うちみたいな会社では普通ってのが一番好まれるんだ」

飛び抜けて仕事ができるのは確かに立派だ、女性なら美人なら目立つし、気配りに長けている子ならいい社長秘書になれるかもしれない。仕事をする以上、何かひとつすごくできるものがあれば武器にもなる。

でも、これといって格別取り柄がない、当たり前のことを淡々とこなすような会社員も実は会社には必要なのだという話でした。上司として「一緒にやりやすく、使いやすい」ということだったのかもしれません。

平凡であるということが、意外と社会になじみやすい「個性」なのだとはじめて思った瞬間です。

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